待ち遠しい二週間が過ぎて、きょうは誕生祝い@荒川邸の日。朋子さんとも無事に連絡できて、朋子さんもきょうきてくれることになった。いまから楽しみだ。ピンポーン。
呼び鈴?約束の時間にはまだ早いのに。
「はぁい!」
「こんにちわ。お父さんいる?」
「父に用ですか。少々お待ちください。」
「父さん、誰か来たよ。」
その誰かが持っていた買い物袋の大きさから察するに、あれは……。
「あ、ご苦労様です。台所に運んでもらえますか。」
「はい、喜んで。」
「居酒屋流の挨拶ですか?」
「……じゃぁこちらが納品書です。確認をお願いします。スパークリングが3本、ノンアルコールのスパークリングが3本、ビールが1ケース。お茶が合計6リットル。以上で間違いありませんか?」
「間違いありません。」
「毎度ありがとうございます。またどうぞ。」
「さて、例によって酒その他の飲み物だ。」
飲み物を冷蔵庫にしまっていると、また呼び鈴が鳴った。こんどは遼一と百合さんだ。
「今晩は。今日はお世話になります。」
「ねぇ、アレはいま渡す?」
「乾杯のときでいいわ。」
再び呼び鈴。朋子さんだな。主賓のボクが対応しよう。
「いらっしゃいませ、朋子さん。この場所はすぐにわかった?」
「うん。いい家ね。」
「では家を案内するね。」

ボクの個室とトイレを見せると、ボクは朋子さんをキッチンに案内した。
「パイプ椅子ではない椅子に、テキトーに座って。」
「うん。この席にする。キッチンがよく見渡せて気持ちいい。」
「そろそろ乾杯の時間だね。母さんを起こさないと。」
「もう起きてるわ。」
「わ!びっくりした。……全員揃ったね。飲み物を注ぎ分けよう。」
前回と同じく、大人にはスパークリングワイン、未成年にはノンアルコールのスパークリングワインを注ぐと、ボクはみんなの顔を見回した。みんな楽しそうだ。良かった良かった。朋子さんはちょっと緊張気味だけどそれは無理もないこと。
「さて皆様、乾杯の準備はいかが。では母さん、乾杯の音頭をお願い。」
「私は皆さんと一度は会ってるのかな。今夜は智哉の誕生祝いに駆けつけてくださいまして、ありがとうございます。たいした用意はありませんが、どうぞ時間の許す限りお楽しみください。では、カンパーイ!」
「カンパーイ!!!!!」
「あ、おいしい。ノンアルでも美味しいのね。ってゆーか、あたしこんなところで飲んでていいのかな。智哉くんの誕生日が今日だなんて知らなかったから、プレゼントを用意してないの。」
「ボクの誕生日はきょうじゃないんだな。11日が誕生日だったんだけど、大沢母子に招かれて大沢邸で誕生祝いをしたものだから、荒川宅でもやろうという話になって、現在に至るというわけさ。で、プレゼントなんかいらない。来てくれただけでいいんだよ。」
「あら、紳士ね。私と同い年なのに。」
「オレと母ちゃんはプレゼントを用意したぜ。これだ!」
「小さいながらも、かっこいい箱だな。開けてもいいか?」
「もちろん。」
「ボールペンだ。それも高級品!10歳でこんないいもの使っていいのかな。」
「自分で考える大人にはそういう高級品が相応しいのよ。気に入ってくれたかしら。」
「もちろんです。今の自分にはもったいないと感じます。」
「就学前にタブレット買ってもらっておいて、いまさら何をおっしゃいますかー。」
「いやぁ、テレる。タブレットのときよりも、このペンを受け取ることのほうがテレる。」
「大樹さん、あなたからは何かないの?」
「先日ガラケーを買い与えた。」
「困ったわ。私何も用意してない。」
「何もなくていいよ。欲しいものはだいたい手に入れたし、きょうの母さんは夜勤明けだし。」
「夜勤?ナイトシフト?警備員なんですか?」
「看護師よ。私は交代制勤務もやるから、夜勤の日もあるの。」
「まぁまぁ、おしゃべりばかりしてないで、ご歓談を楽しみつつピザ食べようよ。みんながピザを食べている間にオレと智哉がスパゲティつくるから。」
「あら、豪華。」
「言われたものは調理台に並べてあります。IHは使い慣れていますか?」
「はい、ウチもIHです。」
「じゃ、シェフ智哉、いっちょうやりますか。」
「やりますか。」
「きょうは料理人が二人いるから、それぞれ別々に3人前のスパゲティを作ってもらうわ。失敗するとバレるから、丁寧に料理してね。」
「はい!!」
「どっちからやる?」
「じゃあ、ボクから。」
「遼ちゃん、後攻でいい?」
「いいよ。」
「じゃ、最初は見学ね。」
「家じゃ遼ちゃんって呼ばれてるんだ。」
「うるさいな。いいじゃんか!」
「では先生、よろしくお願いします。」
「まずはお湯を沸かします。沸かしながらバターを3人分切っておきます。」
「3人分ってこのくらい?」
「好みでいいけど、切れてるバター3つ分でどうかな。」
「アレ3つ分。だいたいわかった。」
「バターと粉チーズは同時に麺と和えるから、チーズも手元に用意しておいて。そろそろお湯が沸くわね。塩を軽く一掴みお湯に入れて。沸騰したら麺を3束入れます。」
「3束。はい、3束バラしました。」
「沸騰したので麺を投入。まずは3束分の麺をひとつにまとめて鍋の真ん中に立てる。その束を軽く捻ってから手を一気に離す。そう。麺が綺麗な螺旋状に広がったでしょ?この面は3分で茹で上がるから、IHのタイマーを2分にセットして。」
「はい。…セットしました。」
「食器を用意しましょう。大皿を2枚、取り皿とフォークを人数分、スパゲティを食べるのにスプーンも使う人はいる? ……いないのか。6人集まって一人もスプーンを使わないとは。そんなこともあるのね。 」
IHのタイマーが鳴った。
「ザルとボウルを用意して。そろそろね。……はい!湯切りしながら、そのお湯でボウルを温めて。そうしたらお湯は捨てて、温かいボウルの中に麺・バター・粉チーズを入れて和える。冷める前に手早くね。チーズが少し粘ってきたわね。オリーブオイルを少しだけ入れて、全体を延ばしてみて。そう。では大皿に全部盛って。最後にブラックペッパーを振りかけて完成。ブラックペッパーは、足したい人が足せばいいから大皿に盛る段階では量を控えめに。はい完成。テーブルに運んで。…遼ちゃん、いまの見てて手順がわかった?」
「まぁ、だいたいはわかった。で、この料理の名前は?」
「スパゲティ・カチョ・エ・ペペ。それじゃぁ第2弾の始まりよ。みなさん、冷める前にどうぞ召し上がれ。」
「あれ、朋子さん、食べないの?」
「食べる前に、見学させて。私にもできそうだから。」
「できるわよ。じゃぁ、遼ちゃんのやることを見ててね。遼ちゃん、一人でやってごらん。もし何かあったら質問して。」
「はい先生。早速質問です。」
「どうぞ。」
「常温の水に塩を入れてから温めないのはなぜでしょうか?」
「温かくなってから塩を入れるほうが、塩が溶けやすいから。」
「ふぅん、そういうものですか。」
「そういうものですよ。」
「塩・粉チーズ・黒胡椒は位置についてる。バターを切らなとな。先生、さっきよりも味を強くしたいのでバターとチーズの量を少しずつ増やしたいと思います。それでもいいですか。」
「うん。第2弾は第1弾よりも少し味が濃い方がいいでしょう。よく気づきましたね。」
「……バターは切った。これでぜんぶ位置についた。沸騰しつつあるから、そろそろ塩を軽く一掴み入れる。…沸騰した。では3束分の麺を鍋の真ん中に立てて少し束を捻ってから手を離す。ざぁっ。…よし。きれいにひろがった。タイマーは2分。先生、2皿目なので、麺を少し柔らかく茹でようと思います。いかがでしょうか。」
「もう夜だし、疲れてる人は柔らかい麺を好んで食べるから、柔らかくしましょう。タイマーがなってから湯切りを始めるまではゆっくり動くといいでしょう。またよく気づきましたね。」
「気づいたというより、勘ですよ。」
「そういう勘は人を幸せにするわ。やるじゃない。」
タイマーが鳴ってからは手早く。チーズを増やしたので、オリーブオイルも少し増やした。完成。さあ、テーブルにもっていくぞ。
「できました。」
聞かれてもいないのに料理の説明をあれやこれやとするのは野暮というもの。さて、洗い物を済ませてオレも食べることにしよう。…と思いきや、朋子さんがもう洗い物を始めている。
「遼ちゃん、このソース美味しいよ。材料がまだあるなら私も作ってみたい。」
「先生、材料は。」
「もうない。麺がおわっちゃった。」
「材料なら全種類あります。大沢家で使うスパゲティの銘柄を遼一くんに聞いて、ウチ用に買っておきました。シェフ智哉、このスパゲティはたいへん美味しゅうございます。また作ってくださいますか。」
「ああ、作りますよ。作りますとも。ボクはペペロンチーノとカルボナーラのレシピを調べたけど、これよりも難しそうだった。これなら簡単にできて美味しい。で、朋子さん、本当に作るの?」
「材料ならある。作らない手はない!作る。智哉くんへのプレゼントを兼ねて、作ると言ったら作る!」
数分後、第3弾がテーブルに運ばれてきた。食べてみたら遼一の作った第2弾に味が近い。遼一のを手本にしたな。まぁ、遼一のソースを味見したのだから、遼一の味に似たのもしょうがないか。バターとチーズとオリーブオイルの油っこさと、ノンアルスパークリングワインの爽快感がとてもよく合う、最高の取り合わせとなった。ノンアルスパークリングワインをもっとたくさん冷やそう。酒屋はノンアルを3本持ってきたようだから、ひとり1本じゃないか。きょうはたっぷり飲めるぞぅ!そうだ。ピザも食べよう。これまたチーズとオリーブオイル対ノンアルスパークリングワインだ。最高だ。
「んー、うまい。ノンアルコールとはいえスパークリングワインとこの料理がすごくよく合う。今夜は太ってもいい。どんどん食べてどんどん飲むぞう!」
「智哉、酔ったのか?」
「ノンアルで酔うもんか。」
「いや、話し方の勢いが普段と違う。」
「そうかい?なら、勢いづいたところで朋子さんにお願いしよう。」
「お願い?どんな?」
「遼一とボクが不登校なのは知ってるね。この不登校組と学校とを結ぶ架け橋になって欲しいんだ。」
「架け橋?」
……….というわけなんだ。
ボクは二人の不登校事情を説明して、朋子さんにして欲しいことを具体的に説明した。
「頼みの内容はわかったけど、もう夏休みだから2学期が始まってからね。」
そうか!もう夏休みか!遼一とボクは日付の感覚を失いつつある。曜日の感覚はまだかろうじて残っているけどね。
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