夏休みだ。今日も夏休みだ。7月12日からずっと夏休み。大学並みに長い夏休み。大学生なら「アルバイトでお金を稼いで夏休みの最後の数日は豪遊」という手もあるのだが、10歳児は賃金労働をさせてもらえないし、不登校のボクに夏休みの宿題はない。暇だ。……暇になったら勉強だ。あと3年といわず2年で義務教育の課程を修了してやる。まずは算数からだ。教科書を読んでは問題集をやる。なんで問題集のことをドリルっていうんだろう。ネットによると、ドリルとは反復練習のことだそうな。ドリルだけで本になるのは退屈だな。問題集の一部がドリルならわかるけど。
今日の課題は2桁の掛け算と割り算。こと2桁の計算となると、大きな位から計算を進めるインド人のやり方の方が優れていると思う。例えば34×12なら10 x 30を先にやる。この答えは300。次は10 x 4=40。次に2x 30=60。最後に2x4=8。以上の合計が408。こうすると大きな位から順番にわかってくるので、大きな間違いがない。最初の300が出た時点で、「あ、最終的な答えが1000を超えることはないな」とわかる。インドには2桁掛け算の九九があって、皆それを覚えてしまうらしい。ボクもやってみようか。10 x1=10, 20 x2=40, 30 x3=90 (中略)90 x9=810。良し!法則性が見えてきたぞ。じゃあランダムに70×5=350, 60×7=420。「数十掛ける数十」なら、答えにゼロが2つつく。10×10=100(中略)90×90=8100。なんだ。覚えるまでもないや。少し考えればわかることだ。基本的には一桁九九と同じで、一桁九九の終わりに、イコールの右と左の0の数を揃える。それだけだ。インド人は本当にこんな2桁九九を覚えるのか?暗算に慣れてるだけじゃないのかな。
はい。掛け算終わり。割り算は掛け算の逆だから、掛け算ができれば割り算もできる。次の章に進もう。
次の章は分数の掛け算と割り算。分数になったら、掛け算するときには分母同士と分子同士を掛けておいて、最後に約分する。慣れると計算途中で約分できるようになる。例えば、(5/12) x (3/7)なら12と3で先に約分して、=(5/4) x (1/7)とする。答えは5/28。割り算は、クラスメイトが塾で習ったやり方を使おう。割る数の逆数を掛けるというやり方だ。こうすると割り算は掛け算になるので、簡単にできる。はい。分数の章も終わり。
次。国語をやるか。読解問題は退屈だ。日頃から読書をしていれば「傍線部の『それ』は何を指すのでしょうか。」などという問題はもう問題じゃない。いちど読めばわかるじゃないか。あんな問題は若者を馬鹿にしている。漢字の一覧を眺めよう。そうだ。苦手な漢字を克服するために漢字検定を受けようか。大樹さんに相談してみよう。「覚えるために書く」とはよく聞く話だけど、そんなことをしたら書くことが目的になって頭を使わなくなるから結局覚えない。そうか。ボクが漢字を苦手としているのは、漢字の覚え方がわからないからだ。遼一にLINERで文字メッセージを送ろう。「どうやって漢字を覚えてる?」漢字を眺めているだけというのも退屈だ。10分も経たないうちに飽きた。

次。社会。これは教科書を読むだけ。あまり退屈しないで40ページくらい読んだけど、「社会勉強してほしければ若者を学校に閉じ込めるのをやめろ!」とボクは言いたい。学校には社会科見学というイベントがときどきあって、ボクはそのイベントが好きだ。あるとき、近所の製菓工場を見学して、帰りに段ボール箱一杯のお菓子をお土産にもらった。学校に帰ってこのお菓子を皆で分けたら、小売単位でひとりあたり一箱あった。「スゴい。企業は太っ腹だ。学校に閉じ込められてたらこんな体験はできない。」…とそのときは思ったけどいまから思えばあれは体のいい宣伝戦略だったに違いない。あれでボクたちはお菓子の名前を覚え、企業の名前を覚え、そしてもらったお菓子に味を占めて将来の顧客になる。あるいは子供にお菓子をねだられる保護者たちがすぐに顧客になる。そして宣伝費はお菓子の原価だけ。なるほど。いい戦略だ。まあ、お菓子が甘くて美味しかったから文句はない。
お、遼一から返信だ。
「漢字なら書いて覚えてる。皆と同じさ。もっといい方法を知ってたら教えてくれ。」
「こんや父さんに聞いてみる。百合さんにも聞いてみてくれる?」
「ああ、いいよ。いま聞いてみる。音声通話するかい?」
「百合さんがお手すきなら。」
「例によってキッチンに移動する。母ちゃーん。いま忙しい?」
「それほどでもない。」
「じゃさ、キッチンに来て、漢字の覚え方を教えてよ。智哉もリモートで話に参加する。」
「はいよ。漢字の覚え方ねぇ…」
「智哉くん、こんにちは。」
「百合さん、こんにちは。」
「二人とも、漢字をキレイに書けるようになりたいのではなく、漢字を手っ取り早く覚えたいのね?」
「はい。そうです。」
「右に同じ。」
「私の場合、漢字に限らず、『覚える』ためには自分の問題集を作ってしまうのがいちばん上手くいった方法よ。例えば『あいじょう』という漢字がまだ書けないとする。そうしたら『あいじょう』という振り仮名だけを紙に書いて、しばらく放置するの。そして忘れたころにその振り仮名だけを見て『愛情』と漢字でかけるかどうかを自分でテストする。これと同じことをいろんな漢字でやるの。書けなかった漢字は見直して、時間が経ってからまた自己テストする。これの繰り返しで漢字を楽に覚えられるわ。」
「そーゆーことはもっと早く教えてよ。」
「聞かれなかったから教えなかっただけよ。私は書いて覚えるのがキライだったから、この方法を自分で編み出したの。この方法に味を占めた私は、いろんなことを『覚える』ためにこの方法を利用したわ。地名・人名・歴史の年号・動物の名前・化学式などなど、覚えることなら何でもドーンと来い!よ。」
「はあ。さすが国立理系の卒業生。」
「やっと私を尊敬したわね。」
「いつでも尊敬してますよ、先生。」
「なら今後は私を『母上様』とお呼び。」
ボクは吹き出した。「母ちゃん」がいきなり「母上様」?そりゃないっすよ、ご婦人。
「『母上様』って、オレはとんち小僧かよ。」
「先生、質問があります。」
「どうぞ。」
「漢字は文字情報なので今のやり方で問題集は作れますけど、人名や地名の問題集はどう作ればいいですか。」
「どうすればいいと思う?まずは二人で考えてみて。」
「人名の場合、人物についての説明書きを読みながら人名を答える自己テストをする。」
「肖像があるとなおいいね。」
「いいな、それ。でもオレは絵が下手だ。」
「教科書に載ってる肖像をケータイのカメラで撮影すればいい。そしてタブレットで肖像と説明書きを合わせる。簡単な説明書きならケータイで入力できるのかな。」
「完璧だな。手間がかかりそうだけど。地名はどうする?」
「単純化した地図を手描きして、地名を場所と対応させて問題としよう。「↓_____市。餃子で有名」とかね。」
「その街は宇都宮市だ!」
「ご名答。」
「ウォオオオオオ!忙しくなってきやがったぜ。母ちゃん、オレ今夜餃子が食べたい。」
「遼ちゃん、包むの手伝うかい?いやなら冷凍餃子を買いに行って。」
「包むのを手伝います。包み方は教えてください、先生。」
「よろしい。どっちにしても材料一式の買い出しにはいってもらうけどね。」
「うわ。」
「私は『それほど忙しくない』とは言ったけど、まだ仕事が残ってるの。さあて、今日の話はこのくらいでいいかしら?」
「はい。十分です、ありがとうございました。」
「じゃ、私は仕事に戻るわ。」
「……大樹さんと話すことがひとつ減ったな。」
「きょう学校の勉強をしてみて思ったんだ。いまのペースで勉強してたら4年生の課程が8月中に終わる。そろそろ次の教材を用意しないといけない。それと、5年生になると学校で英語が必修になる。中学卒業レベルまでの英語を勉強するには、もう始めてもいいころだ。父さんには教材一般と英語について質問するよ。」
「そうか。じゃあ、オレはまず食材の買い出しにいって、餃子を包みながら同じことを母ちゃんに質問するよ。じゃあ、きょうの通話はこのへんにしようか。」
「そうしよう。」
夜、ボクは大樹さんに計画通りの質問をした。
「まずは教材一般の選び方から。電子書籍と印刷してある教科書と、どっちがいい?」
「電子書籍。」
「なら電子書籍の教科書と問題集を検索してみてくれ。検索結果を3日後くらいに報告してくれたら、そのあとは一緒に選ぼう。」
「はい。」
「次。英語の学習方法について。まだ話していなかったが私は個人で英語を教えていた時期がある。そのときの経験に基づいて言わせてもらえば、学校の英語の教え方は最悪だ。文部科学省は、目と手だけで英語が学習できるとでも思っているのか?耳と口でやるのが言語の基礎学習というものだ。というわけで私は学校のやり方を根本的かつ全面的に否定する。根本的かつ全面的にだ。教科書を買うときに、音声教材がちゃんと付録にあるかどうかを確認すること。別売りでもいい。もし教科書に対応する音声教材がなければ、教科書ガイドを買おう。これも確認してくれ。それと私がむかーし昔に作ったオリジナルの発音練習教材があるから、それも使う。さらに詳しい英語学習方法は実際に英語を練習しながら教えていく。英語は好きか?」
「好き。英語の音がカッコいい。あのカッコいい言葉を話せるようになりたい。」
「さすが私の息子だ。私も同じ理由で英語が好きになった。いまでも好きだ。智哉さん、あなたを英語ペラペラ星人にしてあげよう。」
「それって地球人じゃん(笑)。」
「日本と英語圏は別世界だぞ。いけばわかる。英語圏がどれほど広いのかを調べてごらん。そしていつか英語圏に留学できるといいな。そうだ!市販の教材を選ぶには少し時間がかかるけれど、私のオリジナル教材ならもうすぐにでも使える。明日からさっそく英語の発音練習をやろう。所要時間は1回30分。あした時間はあるか?」
「あるよ。30分くらいなら何曜日でもいい。明日は何時から空けておけばいい?」
「明日は金曜日だから、いつものように夜だな。会社から帰って一休みしたら始めよう。19時くらいからになるかな。」
「なら19時から空けておくね。」
そのころの大沢邸にて。遼一は計画通りに餃子を包みながら、智哉と同じ質問をしたが、教材一般については大樹の答えとほぼ同じ答えが返ってきた。
「英語については大樹さんに聞くといいわ。私は英語が苦手だったけど、大樹さんは英語がうまいらしいから。」
「うん、わかった。そうするよ。ねえ母ちゃん、先日スパゲティに使った粉チーズがまだあるよね。そのチーズをこの餃子に入れてもいい?」
「遼ちゃんは面白いことを思いつくわね。いいわよ。やってごらん。」
遼一は実験的にいくつかの餃子にチーズを入れた。
「悪くないわね。安いプロセスチーズを小さく切って入れても面白いかも。」
食後の片付けを済ませると、遼一は智哉に文字メッセージを送る。
「母ちゃんに、『英語のことは大樹さんに聞け』と言われた。明日の10時ごろからLINERで話せるか。」
いよいよ明日は英語レッスンの初日だ。智哉はネットで英語圏関連の動画を見ながら寝落ちした。
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